2025年11月に実施された茨城県神栖市長選挙において、候補者の得票数が同数となり、くじ引きで当選者が決定されるという極めて稀な事態が発生しました。落選した候補者はこの決定に対して不服申立を行いましたが、この一連の手続きは公職選挙法でどのように規定されているのでしょうか。本稿では、同数得票時の当選者決定方法と不服申立の法的枠組みについて、条文を踏まえながら詳しく解説します。
茨城県神栖市長選(2025年11月)
選挙の経緯
任期満了に伴う神栖市長選(2025年11月9日投開票)では、現職の石田進氏(67)と新人で元市議会議長の木内敏之氏(64)の2人が立候補しました。開票の結果、両候補の得票はいずれも1万6724票となり、1票も違わない「完全同数」の結果になりました。
決着方法と結果
公職選挙法の規定により、得票が同数の場合はくじで当選人を決めることになっており、この選挙でもくじ引きが実施されました。神栖市では、数字が書かれたプラスチック製のくじを引く方式が採用され、その結果、新人の木内敏之氏が当選、市長に初当選する形で決着しました。
選挙の基本データ
神栖市の当日有権者数は76,130人(男性39,447人、女性36,683人)で、投票総数は33,667票、有効投票33,448票、無効219票でした。
投票率は44.22%と過去最低を記録し、前回2021年の49.35%(有権者77,130人)から5.13ポイント低下しました。
選挙後の経緯
落選した石田氏陣営から異議申し立てがあり、11月26日に全票再点検が行われましたが、結果は変わらず同数1万6724票ずつで確定、確率的に最大500分の1の稀な事態でした。
同数得票時のくじ引き決定の法的根拠
選挙において候補者の得票数が同数となった場合、公職選挙法第95条第2項が適用されます。この条文では次のように規定されています。
公職選挙法第95条第2項(当選人の決定)
当選人を定めるに当り得票数が同じであるときは、選挙会において、選挙長がくじで定める。
公職選挙法第95条第2項
この規定により、くじ引きは選挙長の個人的な判断や裁量によって行われるものではなく、法律で明確に定められた義務であることがわかります。選挙長とは、公職選挙法第75条に基づいて選挙管理委員会が選挙権を有する者の中から選任する役職です。実務上は選挙管理委員会の委員長が兼務する場合もありますが、事務局長や他の幹部職員、あるいは学識経験者が選任されることもあります。
くじ引きは選挙会という公式の場で実施されなければならず、密室で行われるものではありません。この規定は民主的な手続きとして法律に組み込まれており、恣意的な判断を排除する仕組みとなっています。
くじ引きの実施方法
公職選挙法第95条第2項は「得票数が同じときは選挙会において選挙長がくじで定める」とだけ規定しており、くじの具体的な方法までは法律・政省令レベルでは定めていません。 具体的なやり方は、各選挙管理委員会が告示・規程・要綱などで定める運用事項になっています。
法律上の規定の範囲
公職選挙法95条2項は「得票数が同じであるときは、選挙会において、選挙長がくじで定める」とだけ定めており、くじの種類(棒くじ・紙くじ等)や手順には触れていません。総務省令や規則レベルでも、くじの具体的な実施方法を全国一律で細かく定めた一般的規定は見当たらず、手続の大枠のみが法律で示されているにとどまります。
具体的な方法の決め方
典型例としては、1~10番などの番号が表示された「抽選棒(棒くじ)」を候補者本人または代理人が引き、番号が小さい方を当選人とする方式が要綱等で明文化されています。 また、くじを引く順序自体も、届出順に予備くじを行い、その結果に従って本くじを引かせるなどの細かいルールを設けている例が多く見られます。
実務上は、市区町村選管や都道府県選管が「くじに関する規程」「得票数が同数であるときの当選人を決定するくじに関する告示・要綱」などを定め、その中でくじの方法・手順を詳細に規定しています。
不服申立の三段階の救済手続き
くじ引きの結果に不服がある落選者は、公職選挙法に基づいて正式な不服申立を行うことができます。地方選挙における不服申立の手続きは三段階で構成されており、第一段階として市選挙管理委員会への異議申出、第二段階として県選挙管理委員会への審査申立、そして第三段階として高等裁判所への選挙訴訟という流れになります。
不服申立てについての詳細は、「次点でも諦めない!選挙や当選に関する不服申立を特定行政書士が解説します」の記事を参照してください。
くじ引き決定に対する不服申立の争点
落選者が不服申立を行う場合、具体的にどのような点が争点となるのでしょうか。最も重要な争点は、くじ引きの手続きが法令に適合していたかという点です。たとえば、くじ引きを実施する選挙会の招集や通知が適切に行われたか、候補者にくじを引く機会が十分に与えられたか、くじの作成方法や実施方法に公正性が確保されていたかなどが審査の対象となります。
選挙会の招集については、候補者への通知が適切に行われたかが問題となります。通知が遅延したり、候補者に届かなかったりした場合、手続的瑕疵として争われる可能性があります。また、くじの作成方法についても、特定の候補者に有利または不利になるような細工がなかったか、くじの大きさや形状が公平であったかなどが検討されます。
次に、くじ引きそのものではなく、その前提となる開票作業に誤りがなかったかという点も重要な争点です。実は開票の段階で集計ミスがあり、実際には同数ではなかったという可能性もゼロではありません。開票作業における票の計算違い、疑問票の判定誤り、再点検の不実施などが指摘されることがあります。
さらに、投票の有効・無効の判定に疑義があった場合も、それが得票数に影響を与えた可能性が検討されます。無効票とされた票の中に有効票が含まれていなかったか、あるいはその逆のケースがなかったかという点です。公職選挙法第67条では投票の有効・無効の判定基準が定められていますが、この基準の適用が適切であったかが審査されます。
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